2008年4月16日水曜日

全国水平社宣言

その時歴史が動いたで

全国水平社設立のその時を見た。
clipped from www.nhk.or.jp
番組概要
その時:1922(大正11)年3月3日 午後1時
出来事:全国水平社創立大会が開かれる
この大会で日本最初の人権宣言とされる水平社宣言が発表された
「人の世に熱あれ、人間に光あれ」で知られ、日本最初の人権宣言とされる水平社宣言は、1922年京都・岡崎公会堂で開かれた全国水平社創立大会で読み上げられた。水平社宣言の起草者は、当時27歳で奈良県の被差別部落出身の西光万吉。西光は、差別から逃げ続ける青年時代を送っていたが、1918年シベリア出兵をきっかけとする米価高騰で極限まで追い詰められた部落の人びとが米騒動に参加、その後厳しく断罪されたことに衝撃を受け、部落差別撤廃に起ち上がることを決意する。
一方米騒動には政府も危機感を覚え、部落内外の融和を図る運動に力を入れるようになる。しかしその多くは部落の人々に生活態度の改善を求め、一般の人々の同情に頼ろうというものだった。これに対し、西光は被差別部落民の団結により差別撤廃を進めようと訴え、「人間は互いに尊敬すべきものである」という理念を掲げる。真の自由・平等とは何かを問いつめ、到達した普遍的な人権思想だった。そしてついに全国水平社の創立へと至る。こうして生まれた部落民自身による解放運動は、瞬く間に全国へと広がり、各地で部落差別撤廃に向けた活発な活動を行っていく。
その後、太平洋戦争下で活動の中断を余儀なくされた水平社運動は、戦後、部落解放運動に引き継がれるとともに、水平社宣言の精神は、幅広く人権問題に取り組む出発点となっている。番組では、日本における人権擁護運動の原点となった全国水平社結成のときを見つめる。
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日本の人権に対する立法は、

2002年に人権擁護法案が
廃案となったままである。

今年、再提出を試みているようです。

wikipedia 「人権擁護法案」


メディアによる人権侵害も
出頭要求・立入検査などの特別調査を定める特別救済手続の対象としており
「メディア規正法」と言われるようなメディアからの強い
批判があり、野党の反対と郵政民営化の中で下火に。

自民党内でも意見が分かれている。

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