引越しの荷造りをしていて、
昔の詩をみつけました。
中三の時の詩です。
夏休みの宿題だったので、
花火というタイトルで書きました。
丸山薫
という愛知県の豊橋市に
ゆかりのある詩人がいまして、
その方の生誕100周年記念の
作品集に載りました。
大きな画面はこちらから
http://docune.jp/doc/670
******
(この詩を引用して、同じ寮で過ごした人とつくった文集でこう記しています。)
中学生でぼんやり詩を書き始めて、高校1年(16歳)の時に短歌を始めました。服部先生という方に指導していただいて、毎週のようにサイゼリアでご馳走していただきました。
さて、この「花火」なんてのはありふれた詩で、大したことないんですが、僕が気に入っているのは「花火のように美しく散りたい」という最後のフレーズです。
死に方というのを何度か考えたことがあります。
一生懸命何かをやっている最中に死にたいって思います。
ぼんやり死ながら老衰をしたいと考えたことはありません。
死に対しては寛容でありたいと思ってます。
いつ死が来ても、受けいれようと思います。
生を受けたのが、神のご意思であるかのように、
死ぬこともまた、神のご意思ではなかろうかと思います。
いつ死が訪れても、思い残すことがないように、
今日も明日もやれることを最大限にやっていくのみに思います。
**********************************
私の墓の前に立って 涙を流さないでください
私はそこにいません
眠ってなんかいません
私は1000の風になって 吹きぬけています
私はダイヤモンドのように 雪の上で輝いています
私は陽の光になって 熟した穀物にふりそそいでいます
秋にはやさしい雨になります
(『千の風』 英訳A THOUSAND WINDS 作者 不明)
**********************************
いい歌ですね。
死んだら、星になりないなぁって思います。
もし、好きな人(彼女)が死んだら、どうするかというのを、連想するのが好きでした。
そんな連想をしてみて、バイト帰りに泣きながらイナイチを自転車で帰ったり、夢でよく見て泣きました。
こんなことを言うのは失礼に値するのかもしれませんし、
僕が身内を亡くしたことがないから言えるのかもしれませんが、
死が訪れた人というのは、
神が死をお選びたもうた
死ぬ価値があった人なんだと思います。
僕はまだ死ぬ価値があるほどの人間になれていない。
だから死ねる価値をもてるように今日も明日も
頑張るのみです。
****
もう十分がんばったので、
そろそろ
夏休みが欲しい。
3 件のコメント:
さすがGOくん、当時から感受性が強く
感性が豊かだったんですね。
とてもとても中学3年生が作る詩とは
思えぬほど、文章力はさることながら
表現力もあり、この詩に、人生のすべて、
いや、GOくんのすべてが凝縮
されていて、とても美しくも
あり切なくもあります~。
素晴らしい詩をシェアしてくれて、ほんと、
ありがとう~!
地上での使命を全うしたときに、
次の次元に進むことができるのだと私は
信じています。肉体の死は、私にとって、
愛と光の世界に帰ることに他ならないかな。
夏の夜空の花火、人々の心を魅了し、
その美しさと華やかさは散った後も、
人々の脳裏にずっと季節が変わっても
焼きついている。人が旅立った後も、
残された人々の記憶には残るから大丈夫~。
夏休みが欲しいとのこと、期間限定つきの休み、
ああ、よかった。命の洗濯をしたら、
また、活動、頑張ってね。花火のように
生きているGOくん、心から応援しています~!
CHIE
とっても長いコメントをありがとうございます。
千絵さんほどの感受性豊かではないと
思います。
映画のイラストを描いてる子に
5年くらいしたら
詩集か短歌集を出すから
イラストを描いてね♪
なんていったり
しましたが、
そんな日が
来るといいなと思います。
そうそう
その友達は、
千絵さまが本を
出版された会社で働いて
います。
すみません。
せっかくしっかりとした
コメントをいただいたのに
しっかりと返せなくて。
批判に対するコメントは
慣れているのですが
褒められるのには
慣れてないようです。
すみません。
>花火のように
生きているGOくん、
確かにそうかもしれません。
燃え尽きないよう
燃えすぎないように
他人を魅了できる
ように
がんばります。
30歳を迎える前に
私ももっと
感性を磨き、
心を磨き、
頭をやわらかくし…
素敵な世界を描き出せるようになるよ。
そうして共に、何かを生み出せたらいいね郷ちゃん。
コメントを投稿